花の色素をできるだけ保存したい
草木染めで大切なことは、材料の確保と、染めるまでの下準備です。
花びら染めは、新鮮な花びらほど色素が抽出されるので、毎回実験のたびに花を摘みに行くのは骨が折れます。
ちなみに、冷凍や乾燥させた花びらでも色素は出てきます。1年前の乾燥花びらは、摘み立てに比べ約半量の色素が取れます。
今回は色素を長期保存させる実験として、染料の顔料化を試してみました。
その副産物としてクレヨンづくりにも挑戦しました。
染料と顔料の違い
染料は色素が液体に溶けている状態で、色の粒はとても細かいです。
顔料は染料と違い液体に溶けていない状態で、色の粒も大きいです。
草木染めは通常色素を水に溶かして、布などに定着させます。
色素の顔料化の仕組み
花びらを水に漬けてしばらくすると、色素がにじみ出て水に色が付きます。
この色素は水に溶けることから、親水性の色素と言えます。
親水性とは、水と仲良しということです。
ハイビスカスの花びらの色素、アントシアニジンの一種シアニジンの酸性化での分子構造です。
-OH(ヒドロキシル基)がたくさんついています。水の中には+Hと-OHの分子が漂っています。つまり、マイナスとプラス、水の+Hとくっきやすいので、水によく溶けます。
ここでは単純にプラスとマイナスがくっつく、プラスとプラス、マイナスとマイナスが反発すると考えます。そしてプラスマイナスがくっつくと分子は安定します。
上記シアニジンはOHがたくさんあるのでマイナス状態にあり、不安定です。
一方、綿などの植物性の生地の構造式は以下になります。
こちらにも-OHがあり、このままでは色素のマイナスと反発して染まってくれそうにありません。
もちろん、色素が生地に染まるまでの仕組みはこれだけではありません。
染色の詳しい仕組みはまた別記事にて書きますが、
ここでは
・色素はマイナス電荷を帯びていて、プラスとくっつきたがって不安定。水中に漂っている。
・セルロース生地もマイナス電荷を帯びているのでそのままでは染まりにくい。
・仲介してくれるプラス電荷のなにがしがあれば嬉しい
とします。
仲介者とは、草木染めでよく使われる媒染剤です。
媒染剤はミョウバン、鉄、銅、塩などが良く使われますが、共通点は金属です。
例えばミョウバンにはアルミニウムイオン(+AL)が含まれています。
色素(-OH)とミョウバン(+AL)とセルロース(-OH)がくっつき、染めが定着します。
色素とミョウバンがくっつくと、繋がって、分子が安定します。
前置きが長くなりましたが、この媒染剤を染液の中に入れてしまえば、色素とくっついて、沈殿してくれるのではという仮説が考えられます。
媒染剤の選定
色素が溶け込んだ染液に、媒染剤を入れれば、
媒染剤(+)と水の(-OH)
媒染剤(+)と色素の(-OH)
がくっつき、色素と水のつながりが断ち切れて、色の塊が沈殿するのではと仮説を立てました。
出来ればよりプラスのイオンが多い媒染剤が効率がよさそうです。
候補としてはミョウバンのアルミニウム(Al)、銅のCu、鉄のFe、塩のNa。
この中から、金属が水または水溶液中で陽イオンになろうとする性質、イオン化傾向を見てみると、
Na>Al>Cu>Fe となります。
結果、塩、ミョウバンあたりがいいのかと思い、早速実験してみました。
ハイビスカスの花びらを漬けた染液に、それぞれミョウバン、塩、片栗粉を加えてみました。
片栗粉はたまたま自宅にあったもので、固まってくれるかと思い入れてみました。
左から片栗粉、糊のようになり水と色素は分離しませんでした。
真ん中は塩、変化なし。
右側ミョウバン、下に少し沈殿物が出てきました。そして染液が薄くなっています。
ミョウバンを入れることにより色素と水の分離に成功しました。が、ただミョウバンの塊が沈殿しているだけの気もします。
仮説では塩が一番プラスのイオンを出しているかと思いましたが、違いました。
よく調べてみると、ある法則が見つかりました
水中に分散しているコロイド粒子は粒子表面の相互の静電反発力により分散しているが、反対電荷をもつ電解質イオンを溶液中に添加していくと粒子表面電位がしだいに中和されて粒子間に引力が働くようになり、ついに凝集沈殿を引き起こすようになる。
一定時間内に凝集沈殿を引き起こすに必要な一価、二価、三価の最低対イオン濃度を C 1 , C 2 , C3 とすると最低濃度の逆数の比 1/C 1 ::1/C2 ::1/C3 =100 :: 1.6 : 0.13 となり、これはコロイド系の臨界凝集濃度が使用する対イオン価の6乗に反比例することを示す。
このようなタイプの凝集をシュルツ・ハーデイ型凝集といい、
http://tsukubabiryuushi.jpn.org/TPIEN2/furusawa_07_25.pdf
このような原子価則をシュルツ・ハーデイの法則という。この法則によると電解質の対イオンの価数が大きくなるほど、少量の電解質を加えるだけでコロイドの凝集が進むことを示している。
凝集沈殿において、同じ凝集を得るための濃度は、1価イオンよりも、2価、3価の方が圧倒的に有利で、イオンの価数の6乗に反比例して凝集する。
多元物質科学研究所 村松淳司
ナトリウムイオンよりもマグネシウムイオンの方が同じ濃度でも6乗倍、つまり、64倍凝集させる力がある。
価数を調べると、ナトリウムは1価、アルミニウムは3価。3の6乗。ミョウバンが729倍凝集しやすいと考えられます。
ミョウバンを染液に入れることで色素の分離と沈殿ができることが化学的にも実験的にも証明されたので、次は精度を上げて色素の抽出をします。
染料の色素抽出実験
染料にミョウバンを入れると色素がかたまりを作って沈殿します。
これを凝集と言います。
凝集というワードから調べを進めてみると、汚水、泥水などをろ過して綺麗にする話が出てきました。
汚水から汚れを取り除く凝集剤の中に、ミョウバン、重曹、という聞きなれた単語が出てきたので、これらを混ぜて染料に入れてみます。
①ハイビスカスの花を弱酸性の水に漬ける(2時間以上1日未満)
②染液にミョウバン、重曹を入れる
③しばらく放置し、上澄み液を捨てる
④染液をコーヒーフィルターなどで濾す
⑤沈殿物を乾燥、すり鉢で粉状につぶす
これで顔料化の完成です。
ミョウバンだけを入れた場合よりも、重曹を足した方が明らかに色素の凝集量が多くなります。これは重曹とミョウバンの反応の結果なのか、重曹自体の作用なのかは分かりません。
ただ、酸性よりもアルカリ性の方が凝集します。
アルカリ状態ではアントシアニンの分子構造的に2重結合が多く、分子が不安定かつ
ゼータ電位(表面電位)が低い状態で凝集しやすい環境が整っていると推察されます。
PHによって色素の色が変わります。酸性で赤、弱酸性で紫、弱アルカリで青、アルカリで緑です。今回は重曹を多めに入れたため、弱アルカリ状態になりました。ミョウバンの量によっても取れる顔料の多さは変わってきますが、、ミョウバンが水に溶ける最大量までとします。
クレヨンにする場合はこの色素顔料に蝋などの油分を追加するとできます。
上からハイビスカス、蘇芳、ヤシの実、落花生。光の加減で薄くなっていますが、通常のクレヨンより少し淡い雰囲気です。ハイビスカスは濃藍といった模様。
実験より、様々な植物や食べ物の色素を抽出して顔料化することは可能のようです。
今回は色素抽出の実験の副産物としてクレヨン作りをしましたが、もしクレヨンを作ることだけを目的とするなら、原料を粉砕することが一番簡単です。
日本画に使われる岩絵の具は色のついた鉱物を砕いて作っています。
ただし顔料化するまで細かくする作業が大変になってきます。
(専用の機材はハードルが高い)
約1ミクロンの大きさまで小さくしないと上手く油と混ざりません。
では原料を水に漬けて(煮込んで)出た染料からクレヨンを作れないか。これも通常水と油は混ざらないので、難しいとされています。
絵の具にする場合
絵の具を作ることはクレヨンにするより簡単です。
染液の時点で水彩絵の具として使えますし、顔料化した色素に様々なもの(メディウム)を混ぜると表現が広がります。
通常顔料に接着性を追加するこれらの材料を、今回染料に混ぜてみました。
左から①アラビアゴム+グリセリン、②カゼイン+硼砂、③シルクスクリーンメディウム、④何もなし。そして下はデンプン糊と試してみましたが、正直何も混ぜないものが一番書きやすく、乾きも良いです。
アラビアゴムとカゼインは防腐剤を入れていないので2日程で腐りました。
アントシアニンの色素はPHに影響されやすいので色々混ぜると色が安定しません。
絵の具にする場合は染料をそのまま使うか、顔料化してから混ぜる使い方がよさそうです。
おまけ 顔料をたくさん抽出したい場合
乾燥花びら約30gでも顔料は3gほどしか取れません。
さらに顔料を多くとるにはかさ増しする方法があります。
日本画の世界では水干絵の具というものがあります。
胡粉という貝殻などの粉末と染液を混ぜ、色付きの粉末を作る技法です。
胡粉を追加することによって抽出できる色素の量が約1.5倍になりました。
ただし胡粉を追加すればするほど色は薄くなっていきます。
これは自分の好みの色と抽出量のバランスを見る必要があります。
胡粉のように絵の具をかさましする素材を体質顔料と言います。
他にもデキストリンなどがあるようですが、今回の趣旨とは外れるので実験は割愛します。
次は顔料を使って捺染などを試して見ます。